『対イラン作戦「エピック・フューリー」におけるサイバー統合の可能性』
― 統合戦におけるデジタル領域の役割分析 ―
発行:一般財団法人 日本危機管理研究所
日付:2026年3月2日
1. エグゼクティブサマリー
本稿は、公開情報および専門家証言に基づき、2026年2月末から実行された米・イスラエルによる対イラン作戦「エピック・フューリー」においてサイバー能力がどのように統合された可能性があるかを分析するものである。
公式発表ではサイバー効果の詳細は明示されていないが、現代の統合作戦ドクトリンおよび過去事例を踏まえると、サイバーは防御・偵察・攻撃支援・心理戦・戦果評価に至るまで多層的に関与した可能性が高い。本作戦は物理攻撃のみならず、情報空間を含む統合戦(Integrated Operations)の一環として位置付けられる。
さらに本稿は、過去の戦争事例におけるサイバー活用との比較分析を通じて、本作戦が統合作戦構造型へと進化したサイバー戦の一段階に位置付けられる可能性を検討する。これにより、サイバー領域が「戦術支援手段」から「戦略構造要素」へと転換している趨勢を明らかにする。
2. 作戦概要
「エピック・フューリー作戦」は、イランの軍事インフラおよび政権中枢に対する精密打撃を含む統合作戦とされる。主な標的は以下と推測される。
- 統合防空システム
- 早期警戒レーダー
- 指揮統制網(C2)
- 革命防衛隊(IRGC)関連拠点
作戦は奇襲性を伴い、複数日にわたり展開された可能性がある。サイバー空間は物理的打撃を補完・支援する形で組み込まれたと考えられる。
3. サイバーの段階別役割
(1)防御的準備
作戦開始前、まず優先されるのは自軍ネットワークの防御強化である。イランは近年サイバー能力を向上させており、報復的攻撃の可能性は排除できない。従って、攻勢と同時に防御的サイバー体制が強化されたと推測される。
(2)事前偵察・情報収集
物理攻撃に先立ち、以下の情報収集が行われた可能性がある。
- 重要人物の所在・移動計画
- ミサイル発射意図
- 防空網の稼働状況
- 政権内部の意思決定動向
これらは攻撃タイミングの最適化とリスク低減に資する。
(3)ネットワーク解析
敵ネットワーク構造の把握は、作戦干渉の最小化と効果最大化のため不可欠である。電子戦や物理攻撃との衝突回避もここに含まれる。
(4)攻撃支援
物理攻撃局面では、サイバーは以下を標的とした可能性がある。
- 防空システムの機能低下
- レーダー妨害
- 通信断絶
- 指揮統制網の混乱
目的は敵の状況認識(situational awareness)を低下させ、作戦優位を確保することにある。
(5)心理戦・情報戦
サイバー空間は心理的圧力を加える手段としても機能し得る。
- 国民向けメッセージ発信
- IRGC関係者への投降・離反誘導
- 政権内部の不信拡大
複数日にわたる作戦では、この情報空間での働きかけが重要性を増す。
(6)戦果評価(BDA)
攻撃後には、
- 上級幹部の生死確認
- 残存戦力の意図把握
- 二次攻撃目標の特定
など、次段階作戦への移行判断にサイバー情報が活用された可能性がある。
4. 戦略的評価
本作戦は、サイバーが単独で決定的効果を生むというよりも、統合戦の中枢支援機能として機能した可能性が高い。サイバーは物理戦力の代替ではなく、情報優越を確保するための基盤である。
重要なのは、サイバー空間が単なる「攻撃手段」ではなく、
- 作戦前準備
- 作戦遂行支援
- 作戦後評価
を一体的に繋ぐ構造的要素となっている点である。
5. 歴史的戦争事例におけるサイバーの役割と本作戦との比較
(1)過去戦争におけるサイバーの発展段階
21世紀以降、サイバー能力は段階的に戦争へ組み込まれてきた。
① エストニア(2007年)
国家規模のDDoS攻撃により政府・金融・報道機関が機能停止。
物理攻撃を伴わず、国家機能麻痺が可能であることを示した初期事例である。
② ロシア・ジョージア紛争(2008年)
物理侵攻と並行して政府サイトへの攻撃が実施された。
物理戦と時間的に同期したサイバー活用の萌芽例と位置付けられる。
③ ウクライナ電力網攻撃(2015年)
産業制御システム(ICS)を標的とし停電を発生させた。
サイバー単独で戦略的効果を生み得ることを実証した。
④ ウクライナ戦争(2022年以降)
侵攻前のワイパー型マルウェア、通信妨害、情報戦、衛星通信維持など、
サイバーと物理戦の高度統合が確認された。
これらは、サイバーが「補助的妨害手段」から「統合作戦構造の一部」へと進化してきた過程を示している。
(2)サイバー戦の類型化
歴史的整理を行うと、サイバーの役割は以下の三類型に分類できる。
- 国家機能麻痺型
- 物理戦同期支援型
- 統合作戦構造型
「エピック・フューリー作戦」は上記の第三類型、すなわち「統合作戦構造型」に近い可能性が高い。
サイバーは補助ではなく、作戦設計の初期段階から組み込まれた構造要素であったと推測される。
(3)ベネズエラ大統領確保作戦におけるサイバー活用
先日のベネズエラにおける大統領確保作戦(公開情報ベース)では、物理拘束行動と並行して、以下のようなサイバー的措置が講じられた可能性が指摘されている。
- 通信網の一時的遮断
- SNS空間の統制および情報拡散管理
- 重要人物の位置情報把握
- 外部支援勢力との連絡遮断
この事例では、サイバーが軍事破壊ではなく「政治空間の安定化環境整備」に活用された可能性が高い。
すなわち、物理的制圧を最小化しつつ政治的成果を確保するための補助的基盤機能を担ったと考えられる。
(4)エピック・フューリーとの比較
| 比較項目 | ベネズエラ事例 | エピック・フューリー |
| 主目的 | 政治的主導権確保 | 軍事能力無力化 |
| サイバーの主軸 | 通信・情報統制 | 防空・C2機能低下 |
| 統合度 | 限定的・政治中心 | 多層的・軍事中心 |
両事例に共通するのは、
サイバーが物理行動に先行する「環境整備機能」を担う点である。
相違点は、その目的が“政治空間制御”か“軍事優位確保”かにある。
(5)理論的示唆
歴史比較から導かれる含意は以下である。
- サイバーは単独で戦争を決するものではない
- しかし作戦成功確率を構造的に変化させる
- 認知空間の管理は物理空間と同等の戦略価値を持つ
- 統合作戦における「接着剤」として機能する
今回の対イラン「エピック・フューリー作戦」は、サイバーが戦術支援から戦略構造要素へ移行した段階を象徴する事例と位置付けられる。
6. 地域安全保障への示唆
中東における紛争は今後も「物理+サイバー」の統合形態が主流化する可能性
インド太平洋地域でも同様の統合作戦モデルが適用され得る
国家は防御能力だけでなく、情報戦耐性の強化が必要
サイバー領域はもはや補助的戦場ではなく、作戦設計の初期段階から組み込まれる前提条件となっている。
■結論
「エピック・フューリー作戦」は、公開情報の範囲内では詳細が不明であるものの、現代の軍事ドクトリンに照らせば、サイバー能力が防御・偵察・攻撃支援・心理戦・戦果評価にわたり統合された可能性が高い。
さらに、歴史的戦争事例との比較を通じて、本作戦はサイバーが戦術的補助から統合作戦の構造要素へと移行した段階を象徴する事例と位置付けられる。すなわち、サイバーは単独で戦争を決するものではないが、作戦成功確率と戦略環境を構造的に変化させる基盤である。
今後の安全保障環境においては、「見えない戦場」であるサイバー空間の管理能力が、物理的戦闘力と同等の戦略的価値を持つことが改めて示唆される。
■ 政策提言サマリ一
本分析および歴史的事例との比較が示すのは、サイバー領域が戦術的支援手段から、国家戦略を規定する構造的基盤へと質的転換を遂げている現実である。
インド太平洋地域における抑止は、物理的戦力のみならず、情報優越と認知空間の管理能力に依存する構造へ移行しつつある。日本は防衛省・自衛隊の統合サイバー運用能力の高度化に加え、内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)を中核とした官民横断型の戦略統合体制を再設計すべきである。
特に、指揮統制・重要インフラ・情報戦対応を単一の戦略枠組みで統合し、平時から演習・可視化・戦闘被害評価(BDA)能力を制度化する必要がある。サイバーを専門分野として扱う発想から脱却し、国家安全保障戦略および「自由で開かれたインド太平洋」構想を支える中枢的戦略基盤へと再定義することが、日本の戦略文化転換の核心となる。
出典:
