【後編】海底ケーブルを制する者が世界を制す——日本は『インフラ覇権競争』に参画できるか

Part2: The Undersea War — Can Japan Win the Global Cable Hegemony Battle?

2026年4月1日

発行元: 一般財団法人日本危機管理研究所

執筆者: 舩山美保

【本稿の位置づけ】

海底ケーブルをめぐる地政学的リスクについては、前編(「中東海域における海峡・海底通信ケーブル危機と日本への影響」、2026年3月)において、「バブ・エル・マンデブ海峡」のチョークポイントリスクと日本の二重依存構造を論じた。前編が「何が壊れうるか」を問うたとすれば、本稿は「誰が次の秩序を設計するか、そして日本はそこでいかなる役割を担えるか」を問う。

先行研究はCSIS(2026年)やForeign Policy(2024年)をはじめ、チョークポイントの脆弱性分析に集中しており、「ハブ設計競争」という次の局面を正面から論じた日本語論考は存在しない。本稿はこの空白を埋めることを第一の目的とする。

加えて本稿は、以下の三点において先行研究にない新規性を持つ。第一に、「チョークポイント防衛」から「ハブ覇権競争」への構造転換を一つの分析軸として明示した点。第二に、中国による海底ケーブルの「敷設による浸透」と「切断によるグレーゾーン攻撃」を二正面戦略として一体的に分析した点。第三に、沖縄・具志頭村の国際海底ケーブル陸揚げ局を太平洋ケーブルハブの戦略的脆弱性かつ能動的資産として位置づけ、日米同盟の文脈で論じた点である。これら三点を横断した日本語論考は、現時点で存在しない。

【執筆時点の状況】

本稿は2026年3月末、前編が想定シナリオとして論じた事態が現実化した時点で執筆されている。2026年2月28日の米・イスラエルによるイラン攻撃を受け、イランは3月2日に「ホルムズ海峡」の封鎖を正式に宣言した。これに対し日本は複数の外交的対応を同時並行で進めている。駐日イラン大使は日本に対し「友好国として通過を認める用意がある」として事実上の仲介役を打診し、赤沢経済産業大臣はサウジアラビアのヤンブー港・UAEのフジャイラ港を経由する紅海・ホルムズ非依存の代替陸路ルートを確保、同ルートによる原油タンカーの初入港が3月28日に実現した。

前編が「二重依存構造の脆弱性」として分析した事態は、本稿執筆中に「現在進行中の危機」へと変容した。本稿はこの緊迫した現実を射程に収めながら、エネルギーと通信インフラをめぐる日本の戦略的選択を論じる。

■ キーワード/Keywords

  • 海底ケーブル覇権競争(Submarine Cable Hegemony Competition)
  • インド太平洋ケーブルハブ(Indo-Pacific Cable Hub)
  • チョークポイントからハブへ(From Chokepoint to Hub)
  • インド・中東・欧州経済回廊(IMEC:India-Middle East-Europe Economic Corridor)
  • ネタニヤフ構想の失速(Stalling of the Netanyahu Corridor Vision)
  • 米中インフラ覇権争い(US-China Infrastructure Hegemony Competition)
  • HMN Technologies(旧華為海洋ネットワークス)
  • 海底ケーブル敷設シェア競争(Submarine Cable Laying Share Competition)
  • グレーゾーン切断(Gray Zone Cable Severance)
  • 馬祖島事案(Matsu Island Cable Severance Incident)
  • 二正面戦略(Two-Front Strategy:敷設と切断)
  • Project Waterworth(Meta社・中東回避インド洋横断ケーブル構想)
  • 沖縄ケーブルハブ(Okinawa Cable Hub)
  • 陸揚げ局防護(Cable Landing Station Protection)
  • クリーンネットワーク(Clean Network Initiative)
  • Quad枠組みとケーブル安全保障(Quad Framework and Cable Security)
  • 能動的インフラ外交(Proactive Infrastructure Diplomacy)

目 次

■ エグゼクティブサマリー

1.開幕――「切断」から「設計」へ、戦場が移った

2.チョークポイントからハブへ――問題の構造転換

3.中東ハブをめぐる国際競争――ネタニヤフ構想の失速と米中の攻防

 3-1.ネタニヤフ構想が描いた中東ハブ

 3-2.ガザ侵攻による失速と構造的矛盾の露呈

 3-3.米中の攻防――「敷設」をめぐる静かな戦争

4.中国による妨害の実態――「敷設」と「切断」の二正面戦略

 4-1.馬祖島事案――グレーゾーン切断の典型

 4-2.HMN Technologies――「敷設」に埋め込まれたリスク

 4-3.二正面戦略の全体像

5.Project Waterworthの本質と日本の能動的選択

 5-1.Project Waterworthは何を意味するか

 5-2.日本にとっての戦略的機会

 5-3.能動的選択のための三つの柱

6.結論と政策提言――インフラ覇権競争に参画する国家へ

 6-1.本稿が示した構造転換

 6-2.政策提言――五つの優先アクション

 6-3.結語――設計する国家か、周縁の国家か

■ 巻末用語解説

■ 参考資料

■ エグゼクティブサマリー

  • 構造転換の認識

「チョークポイントを守れ」という受動的防衛の時代は終わりつつある。2024年の紅海ケーブル切断が示したのは、海峡への過集中という設計思想そのものの脆弱性であり、問題はすでに「誰が新たなルートとハブを設計するか」という能動的競争の局面へと移行している。

  • IMEC構想の失速

ネタニヤフ政権が描いたインド・中東・欧州経済回廊(IMEC)は、イスラエルをデジタルハブとして確立する野心的構想だったが、ガザ侵攻の長期化により事実上凍結状態に入った。この失速は、地政学的に不安定な地域にケーブルの結節点を置くという発想そのものの脆弱性を露呈した。

  • 米中インフラ覇権争いの非対称性

米国はクリーンネットワーク・イニシアティブのもとHMN Technologies排除を進めるが、中国系企業は価格競争力と施工速度で西側を圧倒しており、資金力に乏しい途上国は中国製ケーブルを選ばざるを得ない構造がある。「誰のケーブルを使うか」は技術・安全保障の問題である以前に、経済力の問題でもある。

  • 中国の二正面戦略

中国は「敷設による平時の浸透」と「切断によるグレーゾーン攻撃」を組み合わせた二正面戦略を展開している可能性が指摘されている。2023年の馬祖島事案はその典型であり、「錨の引きずり」という日常的海上活動の形式をとることで意図の立証を困難にする手口は、バルト海でのロシアの手法と構造的に一致する。

  • 沖縄ケーブルハブの二重性

沖縄・具志頭村に集中する国際海底ケーブル陸揚げ局は、太平洋・アジアを結ぶインド太平洋の重要なケーブルハブである。馬祖島との地理的類似性、代替通信手段の乏しさ、米軍指揮通信との直結性を考えれば、沖縄ハブは中国の二正面戦略における最優先標的候補の一つである可能性が高く、日本が能動的に強化すべき戦略資産でもある。

  • Project Waterworthの地政学的本質

Metaが推進する総延長約50,000kmの海底ケーブル構想は、単なる民間インフラ投資ではない。中東回避・インド洋横断という設計思想は、地政学的リスクへの対応であると同時に、ハイパースケーラーが国家に先行してインフラ秩序を再設計しつつあることを示す。日本はこの動きに受動的に追随するのか、能動的に参画するのかを選択しなければならない。

  • 日本の能動的選択

沖縄ケーブルハブの防護・強化、Quad枠組みを活用したインド太平洋ケーブル網への参画、陸揚げ局の法的防護体制の整備――これらは個別の政策課題ではなく、「インフラ覇権競争における日本の立ち位置」という一つの戦略的問いへの答えとして統合的に設計されなければならない。ケーブルの設計に参画できない国家は、静かに周縁へと押しやられていく。

1. 開幕―「切断」から「設計」へ、戦場が移った

2024年2月、紅海北部で三本の海底通信ケーブルが相次いで損傷した。HGC、AAE-1、EIG――欧州とインド・アジアを結ぶ「データの動脈」である。この事案は本稿の前編で詳述したとおり、インド・欧州間トラフィックの最大25%を喪失させる現実的被害をもたらした。

しかし世界は、そこで足を止めなかった。むしろ逆に加速した。

フーシ派によるケーブル切断が「実証済みの脅威」として記録されると同時に、世界の巨大テクノロジー企業、国家政府、軍事同盟は、次の問いに一斉に動き始めた。――「では、どこで、誰が、どのルートでケーブルを引くのか」。

チョークポイント(海峡)を守る時代は終わりつつある。問題は、脆弱な海峡を回避しながら、誰が新たなインフラ覇権の設計図を握るか、という段階に移行した。「バブ・エル・マンデブ」という物理的な隘路から、インド太平洋・中東の「ハブ」をめぐる覇権戦争へ。これが、本稿が論じる新たな戦場の本質である。

本稿は前編の問題提起―日本のエネルギーと通信の二重依存構造―を受け、その「出口」を問う。

具体的には、

①中東チョークポイントからハブ競争への構造転換、

②ネタニヤフ構想が示す中東ハブ戦略の現実と限界、

③米中インフラ覇権争いの構造、

④Meta「Project Waterworth」の地政学的本質、

⑤以上を踏まえた日本の能動的な選択肢、

を順に論じる。

前編が「何が壊れうるか」を問うたとすれば、本稿は「誰が次の秩序を設計するか、そして日本はそこでいかなる役割を担えるか」を問う。海底に眠るケーブルが、21世紀の国際秩序の基盤となった今、その設計に参画できない国家は、静かに周縁へと押しやられていく。

2. チョークポイントからハブへ――問題の構造転換

2024年の紅海ケーブル切断が世界に突きつけたのは、単なる「海峡を守れ」という警告ではなかった。より本質的なメッセージは、「海峡を通るケーブルに依存する構造そのものを問い直せ」という戦略的要請だった。

前編で論じたとおり、「バブ・エル・マンデブ海峡」には欧州・中東・アジアを結ぶ主要海底ケーブルが約16〜17本集中している。この過集中構造こそが脆弱性の根源であり、一点を攻撃するだけで広域の通信網が麻痺するという非対称性を生んでいる。問題は「誰が海峡を攻撃したか」ではなく、「なぜこれほど多くのケーブルが一つの海峡に束ねられているのか」という設計上の問題に帰着する。

この認識が共有されたとき、世界の視線は自然に次の問いへと移行した。―迂回するなら、どこを通るのか。そしてその新ルート上の「ハブ」を誰が握るのか。

海底ケーブルネットワークにおける「ハブ」とは、複数のケーブルが陸揚げされ、乗り継ぎ・分岐・増幅が行われる戦略的拠点を指す。シンガポール、マルセイユ、ムンバイがその典型だが、新たなルート設計の中でインド太平洋と中東に新たなハブをどこに置くかが、いま国家・企業・軍事同盟の間で激しく競われている。

ハブを制する者は、そこを通過するトラフィックの経路を左右し、有事の際には情報の流れを遮断あるいは傍受できる立場に立つ。これはもはやインフラ整備の問題ではなく、21世紀の情報秩序をめぐる地政学的競争である。チョークポイントという受動的な脆弱性から、ハブという能動的な権力拠点へ -問題の構造はここで大きく転換した。

図1:インド太平洋ケーブルルート図:沖縄ハブ・馬祖島・Project Waterworthの位置関係

3. 中東ハブをめぐる国際競争――ネタニヤフ構想の失速と米中の攻防

3-1.ネタニヤフ構想が描いた中東ハブ

2023年9月、国連総会の場でイスラエルのネタニヤフ首相が提示した地図が注目を集めた。インドからアラブ湾岸諸国、イスラエルを経由して欧州へと至る「インド・中東・欧州経済回廊(IMEC)」構想である。これは鉄道・港湾・エネルギーパイプラインに加え、海底ケーブルを含むデジタルインフラの回廊として設計されており、アブラハム合意で正常化したアラブ諸国との関係を経済的に実体化する試みだった。米国はこれをG20の枠組みで後押しし、中国主導の「一帯一路」に対抗するインド太平洋版インフラ戦略として位置づけた。

構想の核心は、紅海・スエズルートへの依存を回避しつつ、イスラエルをインド太平洋と欧州をつなぐデジタルハブとして確立する点にあった。もしこれが実現すれば、「バブ・エル・マンデブ」という脆弱なチョークポイントを迂回する新たな情報動脈が生まれ、イスラエルはその結節点として地政学的価値を飛躍的に高めるはずだった。

3-2.ガザ侵攻による失速と構造的矛盾の露呈

しかし2023年10月のハマスによる攻撃とその後のガザ侵攻が、この構想を根底から揺るがした。IMEC参加を見込んでいたサウジアラビアをはじめとするアラブ湾岸諸国は、イスラエルとの経済協力を公言できる政治環境を失い、構想は事実上凍結状態に入った。インフラ回廊の「安定したハブ」としてのイスラエルという前提が、紛争の長期化によって根本から崩れたのである。

この失速は単なる外交的挫折にとどまらない。中東に安定したハブを置くという発想そのものの脆弱性を露呈した。地政学的に不安定な地域にケーブルの結節点を設けることは、平時には経済合理性を持つが、有事には即座に攻撃対象となる。ネタニヤフ構想の失速は、「中東経由」という設計思想への根本的な疑問符となった。

3-3.米中の攻防――「敷設」をめぐる静かな戦争

IMECが失速する一方で、より静かな、しかし本質的な競争が進行している。海底ケーブルの「敷設権」をめぐる米中の争いである。

中国はHMN Technologies(旧華為海洋)を通じ、アフリカ・東南アジア・中東向けケーブルの敷設シェアを拡大してきた。HMNが関与するケーブルは、敷設・保守の過程で通信データへのアクセス機会を持ちうるとして、米国・オーストラリア・日本が相次いで警戒を強めている。米国務省は「クリーンネットワーク」イニシアティブのもと、同盟国に対してHMN排除を働きかけており、日本のNECや米国のSubComといった西側企業への案件誘導が図られている。

しかしここに非対称な現実がある。中国系企業は価格競争力と施工速度で西側企業を圧倒しており、資金力に乏しい途上国はコストの低い中国製ケーブルを選ばざるを得ない構造がある。「誰のケーブルを使うか」という選択は、技術・安全保障の問題である以前に、経済力の問題でもある。米中のインフラ覇権争いは、この非対称性を抱えたまま、インド太平洋全域で静かに進行している。

4. 中国による妨害の実態―「敷設」と「切断」の二正面戦略

4-1.馬祖島事案――グレーゾーン切断の典型

2023年2月、台湾の離島・馬祖島に接続する海底ケーブル2本が相次いで切断された。切断はいずれも中国船籍の船舶による「錨の引きずり」が原因とされたが、意図的行為か偶発事故かの立証は極めて困難であり、台湾当局は明確な断定を避けた。結果として馬祖島の住民約1万4千人は数週間にわたりインターネット接続をほぼ失い、マイクロ波回線による限定的な通信に依存せざるを得なかった。

この事案が示す本質は二点ある。

第一に、離島・遠隔地は代替通信手段が極めて乏しく、ケーブル切断だけで事実上の通信孤立が実現するという非対称性。

第二に、「錨の引きずり」という日常的な海上活動の形式をとることで、攻撃の意図を曖昧にし、国際法上の責任追及を回避できるというグレーゾーン作戦の典型性である。前編で論じた統合インフラ戦略のフレームに照らせば、これは「物理攻撃」でありながら「証明不可能な攻撃」という二重の性格を持つ。

バルト海でも類似の構造が確認されている。2023年以降、ロシア船籍の調査船がNATO加盟国間の海底ケーブル付近を繰り返し航行し、フィンランド・エストニア間のケーブルが損傷する事案が発生した。手口の類似性は偶然ではなく、「立証困難な切断」がグレーゾーン作戦の標準的手法として確立しつつあることを示唆している。

4-2.HMN Technologies―「敷設」に埋め込まれたリスク

中国の二正面戦略のもう一つの軸が、HMN Technologies(旧華為海洋ネットワークス)に代表されるケーブル敷設・保守事業を通じた「平時の浸透」である。

海底ケーブルの敷設・保守を担う企業は、ケーブルの物理的構造・中継器の位置・陸揚げ局の設備仕様に関する詳細な技術情報を保有する。さらに保守作業の名目で定期的にケーブルにアクセスする機会を持つ。これは有事における選択的遮断傍受のための事前準備として機能しうる、と米国・オーストラリアの安全保障当局は指摘する。

重要なのは、HMNが関与したケーブルが現時点でも多数稼働中であり、過去の敷設実績が将来の脆弱性として残存し続けるという点である。ケーブルの設計寿命は通常25年程度であり、今日敷設されたケーブルは2050年代まで使用される。敷設時点での企業選定は、数十年単位の安全保障上の選択である。

4-3.「二正面戦略」の全体像

敷設による浸透」と「切断によるグレーゾーン攻撃」―この二つを重ねると、中国の海底ケーブル戦略の全体像が浮かび上がる。平時は敷設シェアの拡大を通じてインフラへのアクセスを確保し、有事には切断・遮断・傍受の選択肢を手元に置く。これは軍事力の直接行使ではなく、インフラそのものを地政学的レバレッジとして活用する戦略であり、摘発・抑止が極めて困難な構造を持つ。

日本にとってこの「二正面戦略」は対岸の火事ではない。沖縄本島南部・具志頭村には太平洋・アジアを結ぶ国際海底ケーブルの主要陸揚げ局が集中しており、インド太平洋における重要なケーブルハブを形成している。馬祖島と沖縄・南西諸島の地理的類似性は顕著である―離島・遠隔地という地形、代替通信手段の乏しさ、そして台湾海峡有事における最前線という位置づけ。さらにこのハブは、米軍のインド太平洋における指揮・統制通信とも直結しており、切断された場合の影響は日本の民間通信にとどまらず、日米同盟の作戦機能そのものに波及する。沖縄のケーブル陸揚げ局は、中国の「二正面戦略」において最も高い戦略的価値を持つ標的候補の一つと見なさなければならない。

    図2:中国の「二正面戦略」:「敷設」と「切断」の一体的構造 

5.「Project Waterworth」の本質と日本の能動的選択

5-1.「Project Waterworth」は何を意味するか

2025年2月、Metaは総延長約50,000kmに及ぶ新たな海底ケーブル構想「Project Waterworth」を公式発表した。インド・ブラジル・南アフリカ・オーストラリア・米国を結ぶこの構想の最大の特徴は、中東・紅海ルートを意図的に回避し、インド洋を横断する設計を採用している点にある。深海敷設技術を活用することで、浅海域での錨引きずりによる切断リスクを低減するという技術的革新も盛り込まれている。

注目すべきはその発表のタイミングである。トランプ・モディ首脳共同声明と連動する形でこの構想が公表されたことは、「Project Waterworth」が単なる民間インフラ投資ではなく、インド太平洋における米印の地政学的連携を実体化するインフラ外交の一環として機能していることを示唆する。Metaという民間企業が、国家の外交戦略と事実上連動したケーブル設計を主導しているという現実は、21世紀のインフラ覇権競争の新たな局面を象徴している。

より本質的な問いはこうである。―ハイパースケーラー(超大規模クラウド・IT企業)が国家に先行してインフラ秩序を再設計しつつある時代に、国家はいかなる役割を担えるのか。GoogleのGrace Hopper、AmazonのAmazon Express、そしてMetaのProject Waterworth―巨大テクノロジー企業が次々と独自の海底ケーブルを敷設する動きは、かつて国家と通信事業者が担っていたインフラ設計の主導権が、民間プラットフォーム企業へと移行しつつあることを意味する。国家安全保障の観点からこの移行を無批判に受け入れることはできない。

5-2.日本にとっての戦略的機会

「Project Waterworth」の構想ルートに日本は含まれていない。これは見落としではなく、現時点での日本の戦略的存在感の欠如を反映している。しかしこれは同時に、日本が能動的に参画する余地が残されていることを意味する。

TeleGeographyのデータによれば、2025年以降に計画されている太平洋・アジア新設ケーブルのうち、日本への接続が予定されているものは4本に上る。一方、中国向けの新設ケーブルは米国の外交圧力もあり事実上ゼロへと向かっており、インド太平洋のケーブルトラフィックが日本経由ルートへ再集中する構造的条件が整いつつある。沖縄・具志頭村陸揚げ局を核とするケーブルハブは、この再集中の受け皿として機能しうる地政学的位置にある。

Quad枠組みにおいても、2024年9月のデラウェアサミット首脳声明はインド太平洋ケーブル網への1億4千万ドル超のコミットメントを明示した。米国際開発金融公社(DFC)はシンガポール〜米国間ケーブルに最大1億9千万ドルの融資を決定している。日本はこの資金・外交の流れに乗り、沖縄ハブを起点とするケーブル網の設計・誘致においてイニシアティブを取れる立場にある。

5-3.能動的選択のための三つの柱

日本が採るべき能動的選択は、以下の三つの柱として整理できる。

第一の柱:沖縄ケーブルハブの戦略的強化

沖縄・具志頭村の陸揚げ局を単なる通信インフラとしてではなく、インド太平洋ケーブル網の戦略的結節点として位置づけ直す必要がある。具体的には、陸揚げ局の物理防護基準の引き上げ、サイバーセキュリティ体制の強化、外資規制の整備を一体として推進する。同時に、沖縄ハブを経由する新規ケーブルの誘致を国家戦略として明示し、ルート設計段階から日本が関与できる体制を整える。

図3:沖縄ケーブルハブの二重性

第二の柱:Quad枠組みを活用したケーブル外交の展開

米国・オーストラリア・インドとの間で、HMN排除とクリーンケーブル網の構築を共通目標として掲げた「インド太平洋ケーブルセキュリティ協定」の締結を主導する。NATOが北大西洋で展開している「Baltic Sentry」に相当する共同監視体制を、インド太平洋において日米主導で構築することが急務である。ケーブル外交は安全保障政策であると同時に、同盟管理の具体的手段でもある。

第三の柱:法制度の整備――ケーブルを安全保障インフラとして定義する

現行の経済安全保障推進法は重要インフラの保護を定めているが、海底ケーブルの陸揚げ局を明示的に対象とした防護基準・情報共有義務・外資規制は十分ではない。海底ケーブルを「データの動脈」として経済安保インフラに明示的に位置づける法改正を早急に行い、物理防護とサイバー防護を一体とした法制度を設計する必要がある。

6.まとめと政策提言――インフラ覇権競争に参画する国家へ

6-1.本稿が示した構造転換

本稿が一貫して論じてきたのは、一つの構造転換である。海底ケーブルをめぐる問題は、「海峡を守る」という受動的防衛の段階から、「誰がハブを設計し、誰のケーブルが世界をつなぐか」という能動的覇権競争の段階へと移行した。この転換は緩やかに進行してきたが、2024年の紅海ケーブル切断と中国の「二正面戦略」の顕在化、そして「Project Waterworth」の登場によって、もはや「将来の課題」ではなく「現在進行中の競争」として認識しなければならない段階に達している。

前編が明らかにした「日本のエネルギーと通信の二重依存構造」は、この競争における日本の出発点の脆弱さを示していた。

しかし本稿が示したのは、その脆弱さが同時に戦略的機会の所在を指し示しているという逆説である。沖縄ケーブルハブは攻撃対象であると同時に、インド太平洋の結節点として能動的に強化しうる資産である。日本周辺海域へのケーブル再集中は脅威であると同時に、日本が設計に参画する機会でもある。脆弱性の地図は、そのまま戦略の地図となりうる。

6-2.政策提言――五つの優先アクション

本稿の分析を踏まえ、日本が優先的に取り組むべき政策アクションを五点に絞り提言する。

① 沖縄ケーブルハブの国家戦略への明示的位置づけ

沖縄・具志頭村の陸揚げ局群を、経済安全保障上の最重要インフラとして国家戦略文書に明示する。防護基準・外資規制・情報共有義務を法制化し、物理防護とサイバー防護を一体とした管理体制を構築する。同時に、沖縄ハブを経由する新規ケーブルの誘致を国家主導で推進し、インド太平洋のケーブルトラフィック再集中を戦略的に取り込む。

② 経済安全保障推進法の改正によるケーブルインフラの明示的保護

現行法の対象に海底ケーブルおよび陸揚げ局を明示的に追加し、設計・敷設段階からの安全保障審査、外国企業の参画制限、障害発生時の情報共有義務を整備する。ケーブルの設計寿命が25年に及ぶことを踏まえ、今日の法制整備が数十年単位の安全保障上の選択であるという認識のもとで法改正を急ぐ。

③ 「インド太平洋ケーブルセキュリティ協定」の締結主導

Quad枠組みを活用し、日米豪印間でHMN排除とクリーンケーブル網の構築を共通目標とした多国間協定の締結を日本が主導する。NATOの「Baltic Sentry」に相当する共同海底インフラ監視体制をインド太平洋に構築し、グレーゾーン切断への抑止力を形成する。ケーブル外交を日本の安全保障外交の主要アジェンダとして格上げする。

④ 日米同盟におけるケーブル防護の制度化

海底ケーブルへの脅威を日米安全保障条約の文脈で明示的に位置づけ、共同監視・共同対処の枠組みを制度化する。米軍のインド太平洋における指揮・統制通信と日本のケーブルハブが直結している現実を踏まえ、ケーブル防護を日米同盟の機能維持という観点から再定義する。

⑤ ハイパースケーラーとの官民連携によるケーブル設計への参画

「Project Waterworth」に代表されるように、ケーブル設計の主導権が民間プラットフォーム企業へと移行しつつある現実を直視し、国家がこの動きに関与する枠組みを整備する。具体的には、新規ケーブル計画の設計段階における政府の安全保障審査の義務化、日本経由ルートへの財政的インセンティブの付与、NECをはじめとする国内ケーブル企業国際競争力強化への支援を組み合わせた官民連携モデルを構築する。

6-3.まとめ―設計する国家か、周縁の国家か

海底に敷かれたケーブルは見えない。しかしその上を流れるデータは、金融・外交・軍事・日常生活のすべてを支えている。誰がそのケーブルを敷き、誰がそのハブを管理し、誰がその設計図を描くか―この問いへの答えが、21世紀の国際秩序における各国の立ち位置を静かに、しかし決定的に規定していく。

中国は敷設と切断の二正面で動いている。米国はクリーンネットワークとQuadで対抗している。Metaは国家に先行して新たなルートを描いている。この競争に日本はいかなる姿勢で臨むのか。

沖縄という太平洋の結節点を持ち、Quadの一角を担い、世界有数のケーブル製造技術を保有する日本には、この競争に能動的に参画する条件が揃っている。必要なのは技術でも資金でもなく、「インフラ覇権競争に参画する国家」としての戦略的意志である。ケーブルの設計に加わらない国家は、他者が描いた秩序の中で静かに周縁へと押しやられていく。その選択を、今この瞬間も私たちは迫られている。

■ 巻末用語解説

・ハイパースケーラー

Meta(旧Facebook)、Google、Amazon、Microsoftなど、世界規模で超大型データセンターやクラウドインフラを運営する巨大IT企業の総称。近年は独自の海底ケーブルを敷設し、国家に先行してインフラ設計の主導権を握りつつある。

・チョークポイント

海上交通における戦略的な隘路(あいろ)。バブ・エル・マンデブ海峡やホルムズ海峡のように、多くの船舶が通過せざるを得ない狭い水道を指す。ここが封鎖・妨害されると、物流・エネルギー・通信に甚大な影響が生じる。

・陸揚げ局(ケーブルランディングステーション)

海底ケーブルが陸上に引き上げられる拠点施設。ケーブルの制御・増幅・分岐機能を担う。物理攻撃とサイバー攻撃の両方の標的となりうる重要インフラ。沖縄・具志頭村にはインド太平洋主要ケーブルの陸揚げ局が集中している。

・グレーゾーン作戦

武力行使の閾値(いきち)を意図的に下回りながら、相手国のインフラや意思決定に影響を与える組織的な妨害活動。「錨の引きずりによるケーブル切断」のように、偶発事故との区別が困難な手法が典型例。

・HMN Technologies(旧華為海洋ネットワークス)

中国の通信大手ファーウェイ(華為)の傘下にあった海底ケーブル敷設・保守企業。2021年に社名変更。アフリカ・東南アジア・中東での敷設実績を持ち、米国・オーストラリア・日本から安全保障上のリスクとして警戒されている。

・Project Waterworth

Meta社が2025年2月に発表した総延長約50,000kmの海底ケーブル構想。インド・ブラジル・南アフリカ・オーストラリア・米国を結び、中東・紅海ルートを意図的に回避するインド洋横断設計を採用している。

・Quad(クアッド)

日本・米国・オーストラリア・インドの4カ国による安全保障協力の枠組み。インド太平洋地域における海底ケーブルの安全確保にも取り組んでおり、2024年のデラウェアサミットでケーブル網への大規模投資を表明した。

・クリーンネットワーク・イニシアティブ

中国企業(特にHMN Technologies)が関与する海底ケーブルを排除し、信頼できる企業のみで構成するケーブル網を構築しようとする米国主導の外交・政策的取り組み。

・IMEC(インド・中東・欧州経済回廊)

2023年のG20でインド・米国・EUなどが合意したインフラ回廊構想。鉄道・港湾・エネルギーに加えデジタルインフラ(海底ケーブル含む)を整備し、インドから中東・イスラエルを経て欧州へつなぐ構想。ガザ侵攻の長期化により凍結状態にある。

・Baltic Sentry(バルティック・セントリー)

北大西洋・バルト海での海底ケーブル損傷事案を受けてNATOが強化した海底インフラの共同監視・防護体制。本稿はこれに相当する体制をインド太平洋で日米主導で構築することを提言している。

■ 参考資料

本レポートは以下の情報に基づき構成されている。

1.国際報道・一次情報

  • Reuters:紅海ケーブル切断・フーシ派攻撃に関する速報(2024年)
  • BBC:中東情勢・紅海航路・地域安全保障の背景分析
  • 米国防総省(DoD):フーシ派の船舶攻撃件数に関する公式声明(2023〜2024年)
  • Meta Engineering公式ブログ(2025年2月14日):Project Waterworth公式発表

2.エネルギー・海上輸送関連

  • International Energy Agency(IEA):バブ・エル・マンデブ海峡通過原油量データ
  • U.S. Energy Information Administration(EIA):ホルムズ海峡依存度分析
  • 日本経済産業省:エネルギー白書2023(中東依存率約88%)
  • Clarksons Research:喜望峰迂回による輸送コスト増加の動向分析(2024年)

3.海底ケーブル・通信インフラ

  • TeleGeography:世界海底通信ケーブルマップ・障害事例データ
  • International Cable Protection Committee(ICPC):海底ケーブル保護・障害リスク資料
  • CSIS(2026年1月):2024年紅海ケーブル切断によるアジア・欧州間トラフィック25%喪失の記録
  • 日本総務省情報通信白書2023:日本の国際通信の海底ケーブル依存率(約95%以上)
  • 三菱総合研究所(2024年):台湾有事を軸とした海底ケーブル切断の日本経済への影響試算

4.サイバーセキュリティ・海事サイバー

  • NATO Cooperative Cyber Defence Centre of Excellence(CCDCOE):重要インフラ防護・ハイブリッド攻撃分析
  • Cybersecurity and Infrastructure Security Agency(CISA):港湾・海事インフラへのサイバー脅威レポート
  • ENISA:海事・通信インフラに対するサイバーリスク分析

5.IMEC・中東ハブ構想関連

  • G20ニューデリー首脳会合(2023年9月):IMEC覚書(MOU)署名に関する公式文書
  • Atlantic Council(2025年8月):「The India-Middle East-Europe Economic Corridor」
  • Carnegie Endowment for International Peace(2023年12月):IMECの失速リスク分析
  • ECFR(2024年4月):「The infinite connection」欧州視点からのIMEC実現可能性分析

6.HMN Technologies・ケーブル敷設競争関連

  • CSIS(2024年8月):「Safeguarding Subsea Cables」HMNのシェア推移・米国の政策対応
  • Carnegie Endowment(2024年12月):「Subsea Communication Cables in Southeast Asia」
  • University of Washington JSIS(2025年10月):「Undersea Alliances」日米ケーブル安全保障協力分析
  • Recorded Future / Insikt Group(2025年):台湾周辺・バルト海ケーブル損傷事案44件の包括分析

7.中国による切断・グレーゾーン攻撃関連

  • Indo-Pacific Defense Forum(2025年4月):「Critical Conduits」台湾海峡〜バルト海ケーブル損傷事案分析
  • ASIS International(2025年1月):「Nation-States Suspected of Cutting the Cords」

8.Project Waterworth・ハイパースケーラーのインフラ再設計

  • IEEE Spectrum(2025年3月):Project Waterworthの技術的詳細・ルート設計の独立分析
  • TechCrunch(2025年2月):Project Waterworth確認報道・インド洋ケーブル政策への含意
  • TeleGeography:Project Waterworth含む世界海底ケーブル計画データ(570本稼働中・81本計画中)

9.Quad・日米ケーブル安全保障協力

  • Quad首脳声明(2024年9月、デラウェアサミット):インド太平洋ケーブル網への1億4千万ドル超のコミットメント
  • 米国際開発金融公社(DFC):トランス太平洋ネットワーク向け最大1億9千万ドルローン融資詳細
  • 米国務省:クリーンネットワーク・イニシアティブに関する外交文書・公式声明

10.総合安全保障・政策

  • NATO 2023年報告:北海・バルト海ケーブル近傍でのロシア調査船監視問題
  • 日本内閣サイバーセキュリティセンター(NISC):重要インフラのサイバーセキュリティに係る行動計画
  • 日本危機管理研究所・前編レポート(2026年3月):中東海域における海峡・海底通信ケーブル危機と日本への影響